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| 「ふるさとは泣いている」 小林正典 |
| 11月/07 |
| 去る8月のお盆に郷里の下田に帰省した。下田といっても、私の家は市街地や海岸沿いではなく、町から天城街道へ車で15分ほど入った山間地にある。 驚いたことに、今回、何処の家を訪ねても、誰に会っても、先ず最初に出る話が「田畑への動物被害」のことだった。日本の各地でそういう事が起きているとは聞いていたが、まさか故郷の伊豆半島で、問題がそこまで深刻になっているとは知らなかった。 猪、鹿,猿、狸、いたち、ハクビシン、むじな等々が、毎晩のように里に降りてきて田や畑に侵入。稲穂はもちろん、さつま芋、里芋、南瓜、胡瓜、トウモロコシ、西瓜など、手当りしだいに作物を食い荒らし、果樹園なども相当やられている。もう普通の防護柵や防護網では役に立たないので、触れると痺れる電線を張りめぐらしたり、獅子脅しを派手に鳴らしたりしているが、どれも余り効き目はない。地面にトンネルを掘って潜り抜けたり、とにかく人間との知恵比べでは、動物の方が一歩先を行くらしい。そして憎らしいことに、彼等は旬の時季、いちばん味の良くなる時を心得ていて、タイミングを逃さないのだそうだ。 姉の家では、いよいよ明日はトウモロコシをと決めていたその前夜に、鹿と猪にすべてを収奪されてしまった。従弟の家では楽しみにしていた南瓜が、同様の被害で露と消えた。毎年、お盆に幼馴染が西瓜を届けてくれるので、今年も当てにして待っていたが、或る朝、彼が泥だらけの割れた西瓜を抱えて飛び込んできた。曰く「ゆんべ猪の親子づれにやられちまっただヨー!!」。伊豆半島の人里は今や「人の里」ではなく、「動物の里」になりつつあるのだろうか。 どうしてこんな事になったのか。昔、伊豆の山間地では、人々は山の炭焼小屋で炭を焼き、山奥の竹藪から竹を伐り出し、杉や檜の山林では間伐や枝落としや下草刈り、雑木林では焚き木を拾い、萱野で草を刈り、春には蕨やぜんまいを採り筍を掘り、秋には山芋を掘り栗を拾った。また土地のハンター達も猪や雉を追って山に入った。つまり、生活は山と共にあり、毎日のように人が山へ入っていたので、動物たちは山の奥でひそやかに生き、里へは出て来なかった。 しかし、時代の変化と共に山に入る人間の数が減ると、動物たちの数は殖え、活動範囲は拡がり、そして次第に里まで降りてくるようになった。食糧難が原因だという説もあるが、土地の人達の意見は違う。現在でも伊豆の山中にはドングリなど動物本来の食べ物は充分にあるという。しかし、一旦、里にきて人間様の作る作物の味を覚えてしまうと、もうそれを忘れることは出来ないのだという。「味をしめる」とは将にこのことか。 その後も過疎化の進行で里人の数は減りつづけ、もう山に入る人は殆ど居なくなった。猟友会の往年の名ハンター達も、いまは腰が曲がって頼りにならず、里で働く人間もジジ・ババばかりになってしまった。動物たちにとってもう怖いものはない。「さあ、今夜も人間様が作ったご馳走を頂きに参りましょう」という訳だ。夜になると、もう田んぼも畑も動物たちの勢力範囲に入ってしまう。 仕方なく、お盆様に供える西瓜とトウモロコシを“買いに”姉と二人で町へ出かけた。国道に出ると都会から来た派手なポルシェやBMWが飛ばしていて、姉の運転する軽4は危うく撥ね飛ばされそうになった。車はカッコいいが、彼等のレジャーがまた貧弱で、ホテルには泊まらず、殆どが日帰りの切ない海水浴だ。お蔭で伊豆にはお金は落ちずゴミばかり落ち、道路だけが混雑する。この悩みは三浦半島などと同様だ。 ところで、町のスーパーで買ったトウモロコシは茨城産、西瓜は千葉産のハウス栽培で、形だけは立派だが味は駄目だった。国道沿いの畑では、今夜もきっと動物たちが地場の新鮮野菜に舌鼓を打っているに違いない。 |
