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「アメリカ国立公園紀行−バスで巡る大自然の旅」 小林正典
8月/05

世界遺産のヨセミテ国立公園

 午後3時40分、シェラネバダの山麓の町フレズノの空港に着陸。早速バスに乗り込みヨセミテ公園に向けて出発。新しい運転手はちょび髭を生やした中年のダンさん。ちょっと太目のがっしりした体格で頼りになりそうだ。これからヨセミテまではまだ100キロ以上登って行かなければならない。アリゾナやネバダの沙漠ばかり見てきた眼には、カリフォルニアの風景は新鮮で、まるで「緑の国」に飛び込んだように感じる。1849年にはいわゆるフォーティーナイナーのゴールドラッシュで大騒ぎになった土地だが、人口3400万のカリフォルニア州は、現在は米国最大の農業州だそうだ。

 途中、オークハーストの町の大型スーパーで、トイレ・ストップを兼ねて買物を愉しむ。カリフォルニア・ワインも最近は生産過剰で悩んでいるが、さすがにワインの棚は見事な品揃えだ。ヨセミテ滞在中に寝酒として飲むワインとオツマミを若干仕入れた。やがてマリポサの町、そしてポンデロサの町を通過。バスは140号線をマースド川に沿って這うように登って行き、7時15分、ヨセミテ国立公園のアーチロック入口に程近いエルポータルに到着。前後を山に挟まれるように建っているヨセミテ・ビュー・ロッジにチェックインした。遅い夕食はローストビーフにピラフかポテト。ラスベガスで食べた和食弁当の消化がよろしかったのか、それとも山道で充分揺られたからか、団員全員その夜の食欲は誠に旺盛であった。


6月22日(日) 息を飲むグレイシャー・ポイント

 幸い天気は快晴である。体長7センチほどの色鮮やかな蜂鳥が2羽、食堂の軒下に飛んできている。得意のホヴァリングを続けながら、ホテルが窓辺にしつらえた小さな壷からしきりに蜜を吸っている。動く小動物をそれとなく見せるのは、リゾートホテルとしての心憎い演出である。

 朝食もそこそこに早速観光に出発した。ヨセミテ峡谷の中心となるヨセミテ村まで登って行き、ヨセミテ・ロッジで園内専用のシャトルバスに乗り換える。目指すのはヨセミテで最高の眺望が楽しめるというグレイシャー・ポイントである。ヨセミテはシエラ・ネバダ山脈の広大な自然の保護を目的に1890年に国立公園に指定された。総面積は約3千平方キロ、茨城県の半分くらいの広さがあり、標高は600mから4000mに及ぶ。高山地帯、峡谷、滝、草原、湖、渓流、巨大セコイアの大森林、、岩壁、荒野などと実に変化に富んだ大自然の宝庫である。園内には合計315キロに及ぶ自動車道が整備されているが、時間のある人はトレイルを自分の足で歩くのが最高の楽しみ方だと云われている。

 やがて、バスは夏季だけ通行できる急坂の道を50キロ余り登り切って、標高2199mのグレイシャー・ポイントに到達。日本語に訳せば氷河展望台である。

 切り立った崖の上の展望台に立った。いきなり周囲が開けて自分が天空に浮かんだような気分である。ハーフ・ドーム、文字通り円いドームを半分切り落としたような形の巨大な岩山が目の前に迫り、その向こうにはシエラ・ネバダの峰々が茫漠と続いている。手摺りに近寄り下を覗いて驚いた。足元から一気に千メートル下の谷底が見下ろせるのだ。私は高所恐怖症ではないが、それでも一瞬全身に電流が走った。落差739mのヨセミテの滝やヨセミテ・ヴィレッジの建物が遠く箱庭のように見え、谷底をくねくねと流れるマーセド川が蒼く光り、一流ホテルとして有名なアワニー・ホテルの屋根も見える。何億年も前の氷河の侵食が山を削り、同時に谷を広げてV字型ではなくU字型の峡谷を形成したのがヨセミテ峡谷の特色だそうだが、いま見下ろしている谷底の平らな部分は大昔は湖だったところである。押し出してきた堆積物が長い年月をかけてその湖を埋め、平らな底部が出来上がった。豪快な滝の数々、聳え立つ巨大なドームや石塊、マーセド川の豊かな流れ、光り耀く草原と森林。氷河の侵食で出来た世界各地の峡谷の中で、一番美しいと言われるこの峡谷の眺めは、やはり決して見飽きることがない。


山上の遭遇にびっくり

 いつも賑やかなO夫人が「あなたの知人がいるから」と、大きな声で叫ぶので行ってみると、グアムの有名人DR.ノザキと奥様がにこにこして立っている。家内共々公私にわたってお世話になったドクターに、こんな山の頂上でお会いするとは本当に驚いた。知らなかったが、ドクターは今年2月静かに引退してフレズノに越して来たとのこと。引越し以来なかなか落ち着かず、今日はじめてヨセミテに出掛けてきたのだそうだ。ドクターが「スティーブも夏休みの家族旅行で出てきて、もうじきここへ登ってくるよ」とおっしゃる。暫くすると、グアムを代表する若手実業家で友人のスティーブが奥さんと小学生の子供2人を連れて現れた。彼も、「あんたこんな所で何してるの」「いつから日本人観光客に化けたの」と、もう大騒ぎである。私がイエローストーンから始めた今回の旅行内容を掻いつまんで話すと、彼等も非常に羨ましがった。 スティーブの家族はこれからサクラメント方面に向かい、あちこち1週間のドライブを楽しむそうだ。日頃グアム島に住む子供達にとっては、さぞかし素晴らしい夏休みになることだろう。どうやら、今朝フレズノのドクターの家に立ち寄ったスティーブにそそのかされて、ドクター夫妻も腰をあげ車を連ねて登って来たらしい。「私たちはグアムから最近フレズノに越して来ました。貴女は日本からですか」と、気さくなドクターがO夫人に話し掛けてくれなかったら、この「山上の遭遇」は無かった。記念の集合写真を撮り合い、ドクターとはメール・アドレスを交換し、スティーブとはグアムでの再会を約束し、そして私は再び日本人観光客に戻った。


熊の被害と人間

 展望台から下るバスの中で、カメラマニアでいつも物静かなKさんが珍しく話し掛けてきた。登ってくる途中、林の中で熊を2匹見たが、多分まだ同じ場所に居るのではないかと云う。見過ごさないように注意しながら降りていくと、彼の指差す方向に本当に熊が2匹ごろごろして居るのが見えた。最近、人間が持ち込む食物の匂いに誘われて、熊が自動車やテントを襲う事件が多く、年間では相当の被害が出ていると聞いた。そのため連邦法で食料の保管規則が定められ、違反者には罰金も課せられるそうだ。食料の保管には食品保管用ロッカーを使うことが奨励され、ロッカーが無い場合は車のトランクに隠すか、外から見えない所に保管するよう義務づけられた。熊に対する対策はいまヨセミテでは頭の痛い問題のようだ。イエローストーンなどと比較すると、ヨセミテは道路その他少し人間の利便性を計り過ぎて、結果として俗化してきているという批判もあるそうだが、人間と動物のバランスは本当に難しい。


名門アワニー・ホテル

 ヨセミテ村に戻り、アメリカを代表するリゾートホテルの一つ、アワニー・ホテルに入る。きょうは丁度日曜なのでサンデー・ブランチの日である。このホテルは昭和2年、1927年に当時の金で1億円をかけて造られた。部屋数は60室ぐらいだろうか、5階建ての建物の骨格は山小屋風の石積みで飾られ、外壁の木造部分は茶色、窓枠はグリーン、庭先のテラスに並ぶパラソルも窓枠と同じグリーンで統一している。地味だがホテル全体がしっとりと一つの風景になっている。内部は太い丸太を使ったアール・デコ調で、年代を重ねた貫禄と華やかさが溶け合い、えもいわれぬ高級感を醸し出している。ケネディー大統領やエリザベス女王をはじめ、多くのVIPやセレブリティーもここに宿泊した。今日の我々は天井の高いメイン・ダイニングでブランチを食べるだけだが、一度は是非泊ってみたいホテルである。

 食事までに少し時間があるので庭の芝生に寝転んだり、周辺を散歩したりした。何処までがホテルの敷地なのか、境界線や垣根は一切見当たらない。歩いているうちに自然に川岸に出たり森に入って行ってしまう。リゾート・ホテルとしてこれは最高の贅沢かもしれない。しかし、VIP宿泊のセキュリティーはどうするのだろう、などと俗人の私はつい余計な事を考えてしまった。

 サンデー・ブランチではローストビーフも良かったが、夢中で食べたのは新鮮な小海老を使ったシュリンプ・カクテルだった。ずっと内陸ばかり旅して来て、久しく新鮮な海の幸にお目に掛らなかったので、体が要求したのだろうか。


滝とロック・クライミング

 午後はヨセミテの滝、ブライダルヴェール滝など、峡谷の周囲を取り巻くように存在する有名な滝を見て歩く。風に舞い上がる滝のしぶきを花嫁の純白のヴェールに喩えるとはなかなかロマンチックだが、ジューンブライドの季節、いま6月が水量も豊富で、滝が最も美しく見える季節である。

 草原を挟んでブライダルヴェールの向い側には、エル・カピタンという巨大な岩壁がそそり立っている。この岩山の標高は海抜2307m。いま我々が立っている峡谷底部の標高が1100mなので、差し引きここからエル・カピタンの頂上までは1200mある。マサさんの説明だと、この岩壁は世界中のロック・クライマーの憧れの壁で、クライマーの世界大会はここで開催されるのだそうだ。

 相当ベテランの二人組でも通常5日から6日は掛るところを、前回大会の優勝組は1200mの絶壁をたったの2時間半で登り切ったそうだ。2日半の間違いではないかと再確認したが、やはり2時間半との答えだった。改めてエル・カピタンを眺め上げたが、とても信じられない。誰かが大きな声をあげた。先程から双眼鏡を覗いていたMさんだ。「ずっと右上の方に人間が見えます」。彼が指差す方向を肉眼で必死に追ってやっと見つけた。確かに猿ではない。赤い服を来た小さなケシ粒のような人間が2人、頂上まであと3分の1くらいの地点で岩の凹みに張り付いている。遠く離れているので緊迫感は伝わって来ないが、あと何日かかるのか何時間なのか、2人のクライマーはこれから残りの400mに最後の力を振り絞るのだろう。岩壁の大きさに較べ2人が単なる点にしか見えないので、何か人間の非力さを感じてしまう。もっとも、クライマー達はその非力さを知っているからこそ、ああやって大岩壁に挑戦するのだろう。それも素晴らしいことだと思う。2人の成功を祈りながら我々はその場を離れた。

 幾つかの滝を間近に訪ねて、その高さと水量に圧倒され、滝壷の地鳴りを聴き、風に舞う飛沫を浴びるのも楽しかった。だが、いまホテルへの帰路、バスの窓から距離を置いて眺める「滝のある風景」がまた見事である。樫の木、西洋杉、ダグラス・モミ、ポンデローサなどの森林群と花の咲く草原を前景に、背後の巨岩を割って落ちる夫々の滝は、夕陽をうけてその白さを増していた。


6月23日(月) 巨木の森マリポサ・グローブ

 今日は午前中まず巨木セコイアで有名なマリポサ・グローブを見学し、その後ヨセミテの山を降りて麓の町オークハーストで昼食。午後はカリフォルニア州の真ん中を貫く国道5号線を一路南に下ってロスアンゼルスまで行く。そして、いよいよ我々の国立公園巡りの旅も終わりを告げる日である。

 大葉カエデや花水木の植込みが美しいヨセミテ・ビュー・ロッジに別れを告げ、エル・ポータル道路を登る。ヨセミテ村の手前から右に折れて途中トンネルを抜けワオナ道路に入り、ヨセミテ公園南口を目指す。マリポサ・グローブは南口から程近いところにある。

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