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「アメリカ国立公園紀行−バスで巡る大自然の旅」 小林正典
3月/05

 展望塔の駐車場では韓国人のツーリストが目立った。日本民族同様相変わらず韓国人の海外旅行熱は高い。若い女性が「日本の方ですか」と声を掛けてきた。話してみると、彼女は一年前に韓国人の青年と結婚し、いまはシアトルに住んでいる日本人女性だった。韓国から遊びに来たご主人の友人たちを案内して、ラスベガス経由でやって来たそうだ。「日頃あまり日本語を話す機会がないのでーーー」と、ちょっと淋しそうだった彼女。國際結婚でいろいろ苦労もあるのだろう。21世紀の日韓友好のためにも頑張れ。

 峡谷沿いのデザート・ビユー道路を行くと、いままで砂漠ばかり見てきた眼に松の緑が新鮮に映る。ポンデローサ、スペイン語で「赤い松」という種類だが、水分を蓄えて生き延びる力が非常に強くここでは貴重な存在だそうだ。
ポンデローサにはリスが住みついている。樹皮を嗅いでみるとバニラそっくりの素敵な匂いがする松である。頭上では雷雲が雨を降らしているが、雨は地上までは届かない。途中の熱気で水蒸気になって消えてしまう。これはバーガー現象というのだが、砂漠で雨を待っている人々にとっては切ない現象である。グランド・キャニオン一帯に背の高い木が少ないのは、落雷でやられてしまうからで、それくらい雷は多いのに雨は降りて来てくれない。

 グランド・ビュー・ポイントに立ち寄る。ここの眺めも素晴らしい。ここはピート・ベリーという鉱山主が1898年に開業した古いホテルがあった所で、当時は駅馬車で十数時間かけてやってきた客で繁盛した。だが、1901年キャニオン・ビレージまで鉄道が引かれると、観光の中心はビレージの方に移った。


ライトの作品サンダーバード・ロッジ

 午後4時のチェックイン・タイムに合わせて、4時30分サンダーバード・ロッジに到着した。このロッジは帝国ホテルの設計者として知られるフランク・ロイド・ライトの設計である。キャニオンの岩肌のバウムクーヘンのような地層の帯の色にヒントを得た作品だが、周囲に溶け込んだ低層の建物は渋く落着いている。収容力を倍増するために、オーナー会社が一時取り壊そうとしたが、反対運動が起こり断念した。そして、87年には歴史建造物に指定され、もう勝手に取り壊すことは出来なくなった。チェックインしてみると、部屋はすっきりとして飾り気がなく使い勝手も良い。ただ、我々のように大きなスーツケースを持った団体客のためには、バゲージ・イン、バゲージ・アウトが実に大変だった。建築デザイン上のポイントになっている通路の段差のお蔭で、バゲージ・カートが動かせず、また低層のためエレベーターも無かった。時代と共に客層も変ってくるし、設計とは難しいものである。

 ビレージ内のキャメロン・カフェでロースト・ポークの夕食の後、ヤバパイ・ポイントという夕陽鑑賞ポイントへ急ぐ。7時45分日没。期待したほど赤くはならなかったが、先ず先ずの夕映えであった。


6月18日(水) エリックおじさん

 キャメロン・カフェで朝食。オレゴン州出身のフランス系アメリカ人のエリックが、殆んど独りで我々グループの朝食サービスを仕切った。明るい男で年齢は50前後か。彼は若い頃アラスカの日系の水産会社で5年間働いたことがあり、その当時、事故で左手の指を5本とも失ったそうだ。それでも殆んど右手一本でウエイターの仕事を上手にこなしている。話好きの彼と雑談したが、話題がイラク戦争に及ぶと、急にブッシュ大統領の批判をはじめた。あのカウボーイ大統領は頭がスマートじゃない。今でもオヤジさんと副大統領のチェイニーが裏で世話を焼いているが、とにかく何でもカウボーイ式に喧嘩を売り力ずくで片づけようとするのは問題だ。自分で勝手に火をつけたイラク戦争や北朝鮮問題も、どうやって収拾するつもりなのか本当に心配だ。新しい21世紀にはNO MORE WAR!。政治的な話をアッケラカンとするのでいささか驚いたが、私も全く同感だと答えると、彼はすっかり喜んで握手を求めてきた。


ビルの親友の転落死事故

 今日は午前中シャトルバスに乗りかえて、南リム西側のポイントを観光する。
朝食後、シャトルバスの停留場まで送ってもらうため全員バスに乗り込んだ。すると、ドライバーのバーナが私達の方を向き直り真剣な面持ちで言った。
「お客様の中に英語の良く解かる方は居りますか?」
今朝はまだガイドのビルは顔を見せていない。何か添乗員のK嬢では伝達が難しいような問題でも起きたのか。結局、私がバーナから話を聞くことになった。

 ――実は、ガイドのビルは先週結婚したばかりで、式を済ませると直ぐ我々グループの仕事につきました。彼の結婚式には日本からも友人が2人出席しましたが、ビルはガイドの仕事があるので、彼に代わって日本からの2人の案内役をするよう親友に頼みました。ところが、その無二の親友が車の転落事故できのう急死してしまったのです。ユタ州のさる山岳公園の展望台で友人たちを車から降ろし、SUV車を駐車するため発進させた瞬間、何故かバックにギアが入って車は谷に転落、という痛ましい事故でした。ビルはもう昨夜からショックで眠れず、今朝も泣きはらしたひどい顔をしていました。でも、仕事はすると云っていてもう直ぐ出て来ます。どうか皆さんもビルがそういう状況にあると云うことだけ承知しておいて下さい。ただし、お悔みやなぐさめの言葉は一切必要ないと思います。――――

 ガーナの同僚に対する思いやりと、我々に対する気配りをヒシと感じ取った私は、話のニュアンスを出来るだけ正確に団員に説明した。ビルに対する同情は勿論だが、この時の彼女の仕事に対する誠実さに打たれて、我々はガーナをますます好きになってしまった。

 ビルが出発時間ぎりぎりに現れた。なるほど瞼を腫らしてひどい顔をしている。我々は努めて平静をよそおう。最寄のバス停から公園局運営のシャトルバスに乗り込んだ。車の少ない冬の3ヶ月を除き、この展望道路は公営のシャトルバス専用になっていて一般の車は乗入れ出来ない。循環してくるシャトルに乗ったり降りたりしながら、パウエル、マリコパ、ホピ、モハベと何れも息を飲むような眺望ポイントを回遊した。親友が崖から転落した翌日、崖地ばかりを歩く観光ガイドはさぞ辛かっただろうが、ビルは懸命に頑張っていた。

 アメリカは自己責任の国である。危険は自分の責任で回避せよということで、崖っぷちでも転落防止の柵などは極く最低限しか設けていない。これは他の国立公園でも同じだが、ガイドは案内だけでなくお客の安全管理にも非常に気を使う。ビルもそれとなく目配りしているのが良く分った。団員の一人がカメラのレンズキャップをうっかり崖下に落とした時、彼は客が危険な行動を絶対にしないように制しておいて、どこからか見つけてきた長い木の枝の先に噛んだチュウインガムを付けると、精一杯体を伸ばしてそのレンズキャップを拾い上げた。チュウインガムを鳥モチ式に使った見事な技だった。


キャニオン鉄道とハーヴェイ・ガールズ

 ビルの説明で印象に残ったことを少し書こう。1901年、サンタフェ鉄道会社が事業を拡大し、ここにグランド・キャニオン鉄道が設立されると、一大観光ブームが起こった。当初列車の食堂車の担当をしていたフレッド・ハーヴェイという男が観光ブームの仕掛人となった。彼はお洒落なレストランを建て、アメリカ東海岸から都会育ちの選りすぐりの美女を集めて来てサービスに当たらせた。この店は「ハーヴェイ・ガールズ」の名前で評判になり、鼻の下の長い西部の男たちを中心に千客万来、大いに繁盛した。フレッド・ハーヴェイはやがてホテル16軒、食堂40ヶ所と食堂車の権利を握る大実業家になった。現在でも彼の流を汲むフレッド・ハーヴェイ社は全米観光物産業の最大手の地位を守っている。後にジュディー・ガーランド主演で「ハーヴェイ・ガールズ」というミュージカル映画が出来たことでも、当時のレストランの評判が想像できる。ハーヴェイ・ガールズの中には有名人や資産家の奥様に収まった人も多かったので、アメリカ女性の憧れの職場であった。

 さて、交通の主役を演じてきたグランド・キャニオン鉄道も、車社会の到来と共に乗客が減り、一日の乗客が200人を切るようになって遂に廃業に追い込まれた。その後1950年にスコッツデールの資産家が買い取り、レトロ調のSL列車を走らせていたが、SLの煙が嫌われて再び電気機関車に変わった。そして最近は馬に乗った盗賊に列車が襲われるという“列車強盗ショー”が当たって、利用者は増えているそうだ。

 展望ドライブを切り上げ、正午過ぎ公園南口を出て直ぐのツサヤンに向かう。ここにはグランド・キャニオン空港があり、ホテル、劇場、みやげ物店などが集っている。クオリティー・インというホテルでビュフェ・ランチを済ませた後、大多数の人達はヘリコプター遊覧のため空港へ向かった。私は少し周辺の散歩を楽しみたいので団体から離れいったんホテルへ戻ることにした。

 ホテルへの途中バーナと世間話をした。彼女の所属するバス会社はソルトレイクにあり、普段はイエローストーンまたはカリフォルニア方面への仕事が多い。日数としては平均1週間が普通だが、12日間という長旅を経験したこともある。いつも寝る前に祈ることは「明日の安全」で、アーチズで無事エンジンがかかったのもきっと神様のお蔭だと云って笑った。ご主人のことは聞かなかったが、彼女はいま46歳、20歳で結婚し子供は娘さん一人だけだったが、その娘さんが女の子3人と男の子ひとり、合計4人も孫を産んでくれた。なんと彼女はもう立派なグランマーなのである。娘さんは17歳で結婚し、それが“出来ちゃった婚”だったので初孫がすぐ産まれ、「早々とグランマーになっちゃった」と得意そうに云った。バスの旅は運転手がキイパーソンである。私は人柄の良いドライバーに恵まれたことに改めて感謝したい気持ちになった。


20億年を見下ろす午後の散歩

 ホテルにもどって1時間ほど昼寝したあと散歩にでる。天気は快晴、乾いた風に吹かれながら断崖に沿ったリム・トレイルを歩く。20億年の地球変動の歴史を見下ろしながらの世にも贅沢なウオーキングである。白人の老夫婦に声を掛けられた。ひと昔前の馬鹿チョンカメラを差し出して、シャッターを押してくれという。「あなた方のハネムーン写真を撮らせて貰って光栄です」と冷やかすと、「いや、天国への通行証用ですよ」と、強烈なジョークが帰ってきて大笑いした。ミネソタから来たというその老夫婦の柔らかな笑顔が印象的だった。

 昨日夕陽を眺めたヤバパイ・ポイント辺りまで歩いてから引き返すことにした。アパッチ・プルーム(羽飾り)という背の低い潅木が小さな綿菓子のような花をつけて風に揺れている。岩リスが時々道端に顔を出す。人なつこく逃げないのは、観光客からのエサを期待しているのだろう。野生動物に餌をやることは違法なのだが、年間500万人を超える観光客の中にはそれを守らない人も多く、公園管理の悩みの種だと聞いた。独特の地形と気象のために、グランド・キャニオンの動物分布、植物分布は実にユニークで、世界中の7つの動植物分布のうち、グランド・キャニオンに無いのはツンドラ地帯のものだけだそうだ。

 ヴァーキャンプス、ホピハウスなど個性的な造りの土産物店を覗いたあと、百年前に開業したエルトヴァル・ホテルの山小屋風のロビーで休む。歴代大統領やVIPが泊ったこのホテルはさすがに気品がある。再び歩き出すと、エルトヴァルのテラスから手を振る人が居る。何と先程の老夫婦ではないか。カメラは古く身なりも素朴だったが、彼等はリッチ・ファミリーだったのだ。

 ブライト・エンジェル・ロッジの裏手、リムに面したファウンテンという店の前を通ると客が行列している。聞いてみるとここのホームメイド・アイスクリームは有名だとのこと。野次馬根性で早速並んだ。ところがここはアメリカ、小銭を持たずに、アイスクリーム代までカードで支払う人が多いのには閉口した。やっと順番がきてチョコレート・ソフトを買い、ぺろぺろ舐めながら歩いたが、スムーズなその味は確かに評判を取るだけのものだった。

 地震が来たら転落間違いなしの危なっかしい崖っぷちに、2軒の土産物屋が並んでへばり付いている。ルックアウト・スタジオとコルブ・スタジオである。この2軒は何かにつけて張り合っているとガイドのビルが云っていたが、この位置関係ではさもありなん。2軒とも高所恐怖症の人には不向きである。


地球の裂け目に降りてみる

 コルブ・スタジオの直ぐ脇にブライト・エンジェル・トレイル降り口の看板が出ている。ここから1600m下の谷底に降り、コロラド川を渡って対岸のノース・リム標高2500mまで登る大トレイル・コースはここから始る。もし、ゆっくり滞在できれば是非体験してみたいが、谷底の宿に一泊しながら二日がかりで挑戦するタフなコースらしい。谷底にはファントムランチという有名なロッジがあるが、すでに2年先まで予約で一杯だそうだ。キャンプ場もあるが、それもなかなか予約が取れない。そろそろ陽も西に傾いてきたが、少しだけでもトレイルを体験してみたいと思い、幅1m半程の急坂の道を下って行った。ジグザグ道は乾燥していて歩くと砂埃が上がる。下からラバを引いた男が登って来て、乗らないかと誘う。ラバはロバの雄とウマの雌の間に生まれたもので、ウマの2倍の体力があり、重い物を背負って坂道を歩くのは得意なのだそうだ。一瞬、興味が湧いたが、ラバ君を見ると何だかすでに疲れている様子だ。この急坂で万一ラバ君が足を滑らせたら、こちらもオサラバになってしまう。丁重にお断りし、自分の足で尚もしばらく下って行く。わずか150m程降りて来ただけだが、下から眺め上げるグランド・キャニオンはその深さ大きさを改めて感じさせる。おそらく谷底まで降りたら、自分が地球の底に吸い込まれたような気分になるのではないだろうか。夕暮で気温が下がったためか、急に突風が吹きだした。風に巻き上げられたトレイルの砂が顔に当たり息苦しい。もうこれ以上降りるのは諦めよう。顔に付着した砂が妙に臭う。あっ、これは懐かしいあの馬糞の臭いではないか。良く見るとラバが路上に失礼した糞が乾燥粉末とになり、路上の砂にたっぷりと混じっている。馬糞ならぬラバ糞を吸い込まぬよう鼻を押さえながら、先程降りてきた道を引き返す。上から女子大生風のバックパッカーが一人確かな足取りで降りてきた。もうじき暗くなるのに今から谷底を目指すのだろうか。訊ねてみると、涼しい夜のうちに谷底まで下るとのこと。昨年歩いた道だから大丈夫と言って笑った。きりっと結んだブロンド髪のちょっと気の強そうなウナジがセクシーだった。

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