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「ロシア旅行・私の二都物語−モスクワとペテルブルグ」 小林正典
10月/04

 小エルミタージュ宮の「ラファエルロの回廊」も素晴らしい。エカテリーナ女帝の命令でコピーしたヴァチカン宮殿のフレスコ画は、全てこの回廊に飾られているのだが、彼方まで続くアーチ型の支柱列や壁面に描かれた青とベージュ色の繊細な模様が、運河に面した窓からの自然光を受けて輝いている。優雅に着飾った淑女たちが、今にも向こうから現れ出そうな粋な回廊である。

 「古代絵画史の画廊」という細長い部屋を駈足で通過した。絵画よりも、中央に一列に並んだギリシャ彫刻が美しい。男女を問わず、ギリシャ彫刻独特の気品に満ちた肉体の線が見事だ。甲冑に身を固めた馬上の騎士達がずらりと居並ぶ「騎士の間」という部屋を通過。馬たちも顔と首を鎧でがっちりと固められている。日本の戦国武将もそうだが、こんな重たい格好で、当時のナイトは本当に戦うことが出来たのだろうか。馬たちもさぞいい迷惑だったろう。

 歴代の女帝が乗った「大馬車」を陳列した部屋も覗いた。18世紀にパリの工房に特注して造らせた、金ピカに赤いカーテンのド派手な馬車である。余程の美女か醜女でないと、この馬車の派手さに負けてしまう。シンデレラもびっくりである。

 まだまだ寄り道していれば切りが無いのだが、5時半の閉館まであと1時間しかない。我々は急いで3階に移動した。3階にはエルミタージュの中でも世界的に有名な「フランス近代絵画のコレクション」がある。実際に覗いてみて納得した。確かによくぞここまで集めたと感心する展示である。ルッソー、コローから始まりモネ、ミレー、ルノアール、シスレー、、ピサロなどの印象派。セザンヌ、ゴッホの秀作も数点。そしてドガ、ベルナールも素晴らしい。またゴーギャンの絵は15点も揃っている。これら後期印象派の隣には、ドニやボナールなどの明るい絵も展示されていて楽しい。

 マチスのコレクションがまた立派だ。「家族の肖像」や「アラビアのカフェ」、そして有名な「ダンス」「赤い部屋」など、彼の鮮やかで奔放な色彩がほと走り、部屋全体を明るくしている。今更ながら彼の個性に感服する。

 ピカソの作品も半端ではない。全部で36点あるそうだが、彼の“青の時代”の代表作「面会」や、キュービズムのはしり「帽子を持つ女」などが目を引く。

 彫刻の部屋ではやはりロダンの作品が独特の迫力で迫ってくる。中でも接吻する男女のポーズが美しいことで有名な大理石像「永遠の春」は、切なくそして仄々とした空気を醸し出している。

 閉館時間がいよいよ迫ってきた。私はもう一度最後に自分の好きな作品を瞼に焼き付けようと、314号室から332号室までの間を、眼を血走らせて駆けずり回った。文字通りの、エルミタージュ駈足鑑賞もこれで終わりである。


バレエ「ジゼル」鑑賞

 サンクト・ペテルブルグの最後の夜は、頑張ってバレエ鑑賞に出掛けることになった。日本人観光客は貪欲である。ホテルで軽い夕食の後、ひと休みする間もなくホテル玄関前に集合。夕闇と共にホテルの周辺には“世界最古の職業”人らしき女性がちらほら目に付く。おそらく彼女等は東欧辺りから流れて、観光で沸くペテルブルグまでやって来たに違いない。顔付き目付きは兎も角、日本に行けば直ぐモデルにでも使えそうなスタイルをしている。後ろから見れば立派なお嬢さんである。今夜のバレエ鑑賞は大エルミタージュ宮殿の直ぐ隣に建つエルミタージュ劇場。そして出し物は「ジゼル」である。ジゼルの物語では、王子は悪女の精霊に死の舞を踊らされ、危うく墓場に引きずり込まれそうになる。この際、東欧の美女に誘われて何処かに引きずり込まれるのも悪くないが、墓場だけはご免である。誘惑を断ち切って、迎えの劇場行きバスに乗り込んだ。

 エルミタージュ劇場に到着。昼間見た宮殿内の豪華さに較べると、薄暗い劇場ロビーは随分と簡素だ。弦楽クァルテットが寂しげに演奏している。配られたパンフレットに拠ると、この劇場はエカテリーナ2世の命により1785年に完成した。古代の円形劇場に倣って、半円形の階段座席になっている。収容は350人程度。女帝の死後は200年近く劇場として使われることはなかったが、内部を改修し、1989年になって再び劇場としてオープンした。ペテルブルグでは最も古い劇場建築である。

 場内に入る。内装はなるほどクラシックだ。壁面はコリント様式の大理石の半円柱で飾られ、円柱と円柱の間にはアポロやミューズの像が壁に収まっている。高い天井からは巨大なシャンデリアが一本吊るされ輝いている。開演までまだ間があるのに場内はほぼ満席になった。やはり、我々同様、観客は海外からの観光客が大半だが、地元の人やロシア国内の御のぼりさんもいるらしく、周囲の座席からはロシア語が聞こえてくる。黒のフォーマルに装った男性も居るが、我々も含め観客の服装は概してカジュアルだ。もし、観客全員が18世紀の服装に着替えたら、場内の雰囲気はがらりと昔に戻るだろう。

 出演はエルミタージュ劇場専属バレエ団である。「ジゼル」は詩人ハイネが古い民話にヒントを得て書いた物語を、バレエ化したものである。民話の粗筋は{恋に破れ若くして死んだ女性達の精霊が、深夜墓場から出て、通りかかった男性を踊りの輪に引き入れ、やがて男性を死の世界に引きずり込んで行く}というもの。一方、バレエでは男性が青年貴族アルベルト、恋に破れて精霊となる農夫の娘がジゼルで、{精霊の女王に死の舞を命じられた青年アルベルト伯爵を、精霊ジゼルが愛の力で必死に助け、やがて夜明けと共に墓場に消えてゆく}という、女性には切ないが、男性は少しホッとする結末になっている。

 9時丁度、第1幕の幕が開いた。パンフレットに拠ると、ジゼル役はチタニア・フロロヴァ、青年公爵の役はエヴゲニー・セルデシノフ。私はバレエの知識に乏しいので、彼等やエルミタージュ専属バレエ団の現在の実力や地位のことは分らない。だが、解からないながらも、私は一流の芸術に遭遇すると、首筋にビリビリッと電気が走る癖がある。きょうは今のところ未だそれはない。恋に夢中だったジゼルだが、やきもち焼きの山番に「アルベルトは実はお前とは身分の違う貴族だよ」と聞かされ、アルベルトの許婚バチルダまで現れたので大ショック。そして、苦悶の末にジゼルは死んでしまって、第1幕は終った。

 今時の話なら、「よくも私を騙したわね!」と、ジゼルがアルベルトをぶっ殺すかも知れない。だが、ロマン主義のロシア古典バレエではそうはならない。

 第2幕では月光の下で踊る精霊たちの群舞が美しかった。良心の呵責に耐え兼ねてジゼルの墓参りに来た山番は、精霊に捕まって踊り殺されるが、アルベルトはジゼルが必死に助ける。その時の二人のパ・ド・ドウはロマンチックで、男と女の体の線が際立った。但し、首筋に電気が走るほどではなかった。

 昼間の疲れが出て、死の舞に引き込まれるより、眠りの舞に引き込まれた人もいたが、舞台で挨拶するジゼル、アルベルト、山番のヒラリオンの3人に、観客全員、盛大な拍手を贈りバレエ鑑賞は無事終幕となった。パンフレットの最後に「永遠の愛は死を超えて強し」と書いてある。街角に佇む精霊のことなどこの際忘れて、今夜は清らかな夢を見ながら眠ろう。お世話になったブロンドのガイド、マリーナさんと握手をして別れを惜しむ。彼女の紺色のハーフコートの、裏地のシュールな柄が、街灯の下でちらりと覗いたのが印象的だった。


9月7日(日)モスクワ経由で帰国へ

 今日は午後からモスクワ経由で帰国する日である。午前中は自由時間を使って、ホテルの前のイサク聖堂や、ネフスキー通りにある「文学カフェー」を覗くつもりだった。文学カフェーはプーシキンが決闘に出かけた最後の朝も、いつもの様にコーヒーを飲んでいた店である。しかし、残念なことに急にモスクワ行きのフライトが朝便に変更になったため、貴重な自由時間はふっ飛び、9時にはもうホテルを出発しなければならない。顔なじみになったホテルの食堂「ボルサリノ・ブラスリー」のキャシァーに、ダ・スヴィダーニァ、SEE YOU AGAINと声を掛けられた。こんなことはロシアに来てから初めてである。

 空港送りのガイドとして、ダークグレーの縦縞スーツを着込んだオリーシャという若い娘がやってきた。スマイルとスタイルは上等だが、ガイドとしてはまだ経験が浅いらしい。緊張している。サンクト・ペテルブルグ大学の教育学部で3年間日本語を学んだそうで、日本に一度是非行きたいと小声で云った。

 市内を抜け、凱旋門を通り、帽子を手に持って演説をしているレーニンの像の前を過ぎ、勝利広場を通り、ビニールハウス群を右に見て空港に着いた。

 先ず、バゲージのセキュリティー・チェックが始まる。ところが、私を含め3〜4人のスーツケースに検査済みのラベルが貼られたところで、急にストップが掛った。ガイドのオリーシャが困ったような顔をしている。我々のフライトは朝便から再び午後便に変ったのだそうだ。何たることか。ソ連時代には、共産党のお偉いさんの気まぐれなスケジュール変更に振り回され、こういう事が多発したらしい。だが、もう時代は変った筈である。それとも、これ位の混乱がないとロシアらしくないのか。もっともこの混乱の原因は、航空会社なのか、日本サイドの旅行業者のミスか、現地ペテルブルグの旅行社が悪いのか、明確な理由説明が無いのでさっぱり分らない。分らせないのが花なのか。

 お蔭で一度は諦めた午前中の自由時間に、また未練が募ることになってしまった。しかし、今更ホテルに戻っても仕方が無い。皆で相談の結果、もう一度バスで街中の適当な処まで戻り、買い物や、タウン・ウオッチングやランチで時間をつぶすことになった。


バスの中のロシア民謡

 皆を落着かせようとしてくれたのだろう、ざわざわと再び街に向かうバスの中で、ロシア語科の大先輩のO氏が、見事な美声でロシア民謡を歌いだした。

 ステンカラージン、カリンカ、赤いサラファン、バイカル湖の歌。ロシア人よりも正しいロシア語で、声高らかに歌う。日本人が完璧なロシア語で歌うのにすっかり愕いて、ガイドのオリーシャも運転手も興奮している。私などは「多少の予定変更くらいでジタバタするな」と、先輩に諭されたようで、大いに反省してしまった。さすがに、多くの苦難を乗り越えて来た大先輩は、人間の大きさが違った。

 モスコフスキー大通りに沿った細長い中型デパートのような店に立ち寄り、男性ファッションのコーナーを覗く。H氏と一緒にベレー帽を買った。日本円で約2000円。上質だし安いと思うが、初任給2万円の人達にとっては決して安くない値段である。スーパーにも寄ってみた。商品は豊富で、一見何でも揃っている感じだ。お菓子類などが安いらしく、お土産用に多量に買ったご夫人もいた。肉類やソーセージなども衛生的なショウケースに入って、豊富に陳列してある。かつてソ連時代末期に報道された、食料不足・商品不足のような光景は何処にも見当たらない。適当なコーヒーショップを見つけて、サンドウイッチで軽い昼食を済ませ、再び国内線用のプールコボ第一空港に到着。今度こそ予定したモスクワ行に乗れそうだが、乗るまではまだ安心出来ない。

 歴史都市サンクト・ペテルブルグともいよいよお別れである。この街には美術館・博物館と名の付くものだけでも、合計191ヶ所もあるそうだ。今回のように僅か2日半の日程では、その懐の深さに到底太刀打ち出来ない。エルミタージュ美術館の収蔵に見るように、諸外国からの文化移入も膨大だが、ロシア民族が独自に育んだ文学、音楽、美術、舞踊、建築等々、その芸術や文化遺産の地層は深く厚く、短時間では到底掘り起こせそうもない。後ろ髪を引かれる思いを残しながら、我々は機上の人となった。下界を見ると、木々は色づきはじめ、やがて「黄金の秋」ザラターヤ・オーセニの季節が近いことを告げていた。


ちびりちびりと日本へ

 モスクワ空港の国内線出口にはベテラン・ガイドのナターシャが待っていて、国際線の方へてきぱきと誘導してくれた。馴れない旅行者にとって、空港での手際の良いガイダンスやバゲージ捌きが、如何に有り難いかを改めて感じる。その点、サンクト・ペテルブルグの業者は迎えと送りが頼りなかった。

 ポケットに残ったルーブルを、各自空港内のモールで消費してからゲートへ。夕刻7時過ぎ、アエロフロート581便はほぼ定刻通りモスクワ空港を離陸した。アテンダント嬢から早めにアイス・ウオーターをもらい、空港で買ったウオッカのポケット瓶を密やかに開ける。ウオッカのナイト・キャップに誘われて、これからのロシアのことをちびりちびりと考えた―――

日本の45倍、世界最大の領土を持つ強大な国。政治的には常に権力闘争の欺瞞と、腐敗の歴史を刻んできた国。帝政ロシアからソビエト連邦、そして民主時代へと、体制は変ったがその体質は果たして変るのか。今回旅行中に目にした地元の英字新聞では、思想や理念を持ち出さず、実利主義的な政治を進めるプーチン大統領の評価はかなり高かった。KGB出身の彼は、ガス抜きのため適当に体制批判を許したり、やり方が利口なのだろう。国民はプーチンの政治手法を揶揄しながらも、内心では信頼し頼りにしている様子が伺えた。しかし、ロシアのような強大な国のトップの地位を守るには、プーチンも次第に民主主義より権威主義に走らざるを得なくなるだろう。ロシアには昔から「力あるところに法は生まれる」という諺がある。
また、今回の旅行で気になったのは、貧富の差の拡大を目にしたり耳にしたことだ。ロシア最大の石油会社ユコスの社員は一般サラリーマンの5倍10倍の給料を稼ぐなど、不自然な格差が広がっている。財力をつけたユコスの社長ホドルコフスキーが、野党勢力の育成に乗り出したのは、国の民主化のためか、ポスト・プーチンの権力の座を狙うのか、という新聞論評も読んだが、何だかキナ臭くなってきた(彼はその後逮捕された)。現在、テロを口実に封じ込めているが、キリスト強国ロシアの中のイスラム圏チェチェンの問題も、プーチン政治のアキレス腱になりそうだ。

―――心配ばかりしていると、ナイト・キャップが効いてこない。さあ、もう一口飲んだら、平和な日本到着まで、ひと眠りするとしよう。おやすみ、スパコーイナイ ノーチ!

(完)

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