グアム日本人会ホームへ 会員の広場
日本人会ニュースグアム日本人会年間活動・行事紹介秋祭りクラス・同好会・サークル活動紹介
日本人学校・補習授業校図書室からコラム・暮らしのページ総領事館からのお知らせ会員の広場リンク


日本人会30周年特別企画
「私とグァムと日本人会」 宇田川和彦
12月/02

 私がグァムへ最初に赴任したのは1968年2月。未だ日本航空の就航前で、フライトはPAN-AMでした。当時の空港は今のコミューター・ターミナルと呼ばれている建物で文字通りグァムの表玄関でした。戦後23年が過ぎようとしていましたが、当時のグァム島はベトナム戦争の真最中、島は再び米軍の存在意義が高くなり、北はB52大部隊の駐屯するAndersen空軍基地、現アルテ・ゴルフコースへ行く途中のNCS海軍通信隊(バリガダに送受信アンテナ郡を持つ西太平洋の重要な通信拠点)、NAS海軍航空隊(当時は対潜哨戒機P3V部隊のVQ1とレスキューヘリコプター部隊のVQ2とが常時離着陸訓練中で此の滑走路に民間が乗り入れグァム国際空港として使い始めたのです)、ピティを過ぎた処にあるポラリスポイントProteus潜水母艦基地、オロテ岬と人工防波堤に囲まれた船舶修理廠のあるNaval station海軍基地、南はフィナ湖のそばのNaval Magagine海軍弾薬庫とこれら6カ所の基地は全て警備は厳しくグァムはまだまだ基地一色の島でした。勿論観光客等はまだ殆どおらず、当然ながら日系企業も数えるほどしかなく殆どが創業直後の時代でした。というわけで日本人会の誕生はまだ先の頃のことですが当時のグァムを振り返ってみましょう。

 島にはこのほかにもハーモンフィールド、ノースウェストフィールド、オロテポイントに滑走路が残っておりHarmon Industrial parkは16号線からKマートの裏まで未だ大部分が旧滑走路の儘で、実際にドラグレースが行われていたほどでした。マリンドライブから恋人岬に至る道路一帯はノースウェストフィールドと呼ばれ護衛戦闘機の飛行場跡で、当時は未だ駐機場やタクシーウェイなどがはっきり確認出来、北側のカマボコ兵舎には米本土から派遣された公立学校の教師の家族等がまだ大勢住んでいました。恋人岬迄はタガンタガンの間の小径を迷いながらたどり着いたものです。

 又当時ダンダン地区にあったNASA衛星トラッキングステーションの職員の方々や現地の若者と、タロフォフォ方面に良くピクニックに行ったものですが、まだ横井さんが現役で不自由な洞窟生活をおくっておられたすぐそばを無断?で通っていたのかと思うと驚きでもありました。

 さて私の日本人会との関わりは遅く、90年代になってからで、渉外広報を3年間担当する事になりました。渉外広報はなにもなければ秋祭りの出店、衛生、消防等政府各担当局よりの許認可を申請したり、台風時に現地放送局から電話で日本語での放送をしたりするのが仕事でしたが、在任中の93年8月8日、グァムに大きな地震がありました。当日は直後からリーフホテルにつめていた井上会長にお会いして、現地ラジオ局(K-57)から日本語放送をする事にしたのですが、あわてて「マグニチュード」(8.0)と「震度」を混同したりして随分大きな地震にしてしまいました。たまたまNHKの国際報道部が電話回線をつなぎっぱなしでK57をモニターしていた処に私の日本語での放送が入ったもので、報道部には状況をお伝えしたのですが、観光業への影響も考え、先ず大きなインフラへの被害がない事を強調し過大な報道は避けて戴くよう願った事を記憶しています。しかし当時たまたま現地撮影に入っていた民放の衝撃的映像が放映され、かなりのインパクトを与えてしまったようで残念でした。また報道に当たり日本人の死傷者の有無が大変重要なのは判るのですが、ごった返しているであろう病院に電話して日本人の死傷者がいるかどうかのみ調べて欲しいという先方の態度を巡って、つい意見が対立した事も良く覚えています。以来NHK国際報道部に私の名前と電話番号が残ったようです。

 ただこれには後日談があります。お役目も終わって3年後、97年の8月6日未明に自宅の電話が鳴りました。大韓航空機墜落事故です。NHKの国際報道部からというので、一体何事かと電話に出た処、グァムのどこかに大韓航空のジャンボ機が墜ちたので調べて欲しいということでした。とにかく車に飛び乗って航空無線レシーバをすぐにアガニャ管制の周波数にあわせてみると、管制塔と海軍のレスキュー・ヘリコプターとの生々しい交信が飛び込んできたのです。携帯電話で国際部と連絡を取りながら、墜落場所を推定し闇の中をニミッツヒルへと向かいました。まだ機体から炎の上がっている現場が見える場所から一部始終を報告し終わり、会社に戻って始めて私の声が実況放送されていたと知らされて驚いたものです。 国際報道部の石川慎介氏(NHKウラジオストク支局勤務)とは今でもE-mailで時々交信しております。




会員の広場トップへ戻る


グアム日本人会ホームへ
ホームへ戻る



日本人会ニュース | グアム日本人会について | 年間活動・行事紹介 | 秋祭り | クラス・同好会・サークル活動紹介 |
日本人学校・補習授業校 | 図書室から | コラム・暮らしのページ | 総領事館からのお知らせ | 会員の広場 | リンク



Designed by Ko'Ko' Planning & Co.

Copyright © 2000-2008 JAPAN CLUB of GUAM, All Rights Reserved.