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「中国・雲南の旅−少数民族とお茶の源流を訪ねて」 小林正典
2月/02

6月15日(金)快晴  孟海と景洪・シーサンパンナの一日

 気持ちのいい朝なのでホテル前の通りへE氏と散歩に出る。人力三輪車が朝から走っている。1キロが1元と分かりやすい値段だ。通りのあちこちにウルチ米の粉で作った米線(米の麺)中心のめし屋が開店し湯気をたてている。細めのウドン風米線に炒めた豚のミンチと香菜を乗せた汁かけ麺だ。この界隈は「汽修」と書いた自動車やトラクターの修理屋や部品屋が多いようだ。昨夜覗かせてもらったマッサージ屋はカーテンを下ろして静まりかえっている。孟海市民憲章を箇条書きした大きな掲示板が通りに出ていて、「清く正しく生活しなさい」というようなことが書いてある。マッサージ屋さんもきっとこの憲章を守っているのだろう??。ホテルに戻り久しぶりにゆっくりと朝食を取る。出発時間に追い立てられない朝食は有り難い。二種類の麺とお粥が中心だが、塩辛い腐乳がはじめて出たので皆の食欲が進んでいる。昨夜はカラオケと犬の鳴き声で寝つけなかった人が多いらしく、もっぱら朝の話題はそのことだった。

 今日は午前中まず孟海の自由市場を見学し、その後プーアル茶の製茶工場を訪ねる日。シーサンパンナの市場風景は何度かテレビ番組などで見て、その異様な熱気と商品の多様さにはいつも驚いていた。ガイドの陳さんは孟海の自由市場より景洪の街の方がスゴイと言ったが、どうしてどうしてここの市場も期待を裏切らなかった。小屋がけの店、屋台、テント、野天の店が大集合し、その中で売る人と買う人の熱気が渦巻いている。よく見ると果物、野菜、調味料、漬物、豚肉、ハム、乾物、鶏(全部生きたまま)、魚から洋服、靴、家具など商品分類毎に売り場は大まかに分けられている。それでも馴れない新参者はその混沌と喧騒に圧倒されて目が廻りそうだ。威勢のいいおばさんの掛け声に釣られて、私はモンキーバナナと干したタマリンドを早速買ってしまった。しかし余りゆっくり冷やかしている時間もないので、E氏と二人とにかく市場全体をぐるっと足早に歩いてみた。本当に何でもある。漬物の売り場だけでも味見してみたいようなものがずらりと並んでいて探究出来ないのが残念だった。
もし再訪するチャンスがあったら、この市場にたっぷり一日掛けてみたい。それにしても、ゴキブリ以外は全ての物が中国人の手にかかると「食べ物」に化けてしまうらしい。彼らの食に対する情熱と英知には感服するばかりだ。

 自由市場の次はプーアル茶の製造で有名な孟海茶庁を訪ねた。中国のお茶には発酵の度合いによる分類法がある。無発酵の「緑茶」、弱発酵の「白茶」や「黄茶」、烏龍茶や鉄観音など半発酵の「青茶」、完全発酵の「紅茶」、そして後発酵の「黒茶」である。シーサンパンナの名産品であるプーアル茶は後発酵の黒茶に属する。後発酵とは何年も寝かせて発酵を待つこと。主に香港や広東省で飲まれているので、プーアル茶が雲南の産物だということを知らない人も多い。広東語で発音するとポウレイ茶となる。
昆明の南西300キロのところにプーアルという町があるが、そこは10〜13世紀の大理王国の時代にお茶の集積地として栄えた。そこからインド、ミャンマー、チベット、タイ、欧州と、お茶は世界中へ拡がって行った。そのため昔はお茶の種類に関係なくプーアルから出たお茶は全てプーアル茶と呼ばれた。丁度わが国の宇治茶や静岡茶と同じである。しかし時は流れ、現在では雲南産の後発酵の「黒茶」だけがプーアル茶と呼ばれる。油を洗い流す作用があるので、脂っこい料理の時に飲むと胃のモタレを防ぐ効果がある。しかし、痩せるためとか美容のためと信じて胃が空でも飲む人が居るが、それは止めた方がよい。胃を壊してしまうそうだ。ガイドの陳さんに拠ると、雲南の人達はプーアル茶は飲まず、殆んどが香港はもとより日本や諸外国への輸出に向けているそうだ。自分たちは安いお茶を飲み、高く売れるものは売るのだそうだ。
孟海茶庁は広大な敷地の中にあった。60年以上の歴史をもつ茶庁は落ち着いた大学のキャンパスといった感じで、工場だけでなく敷地内には従業員の寮や社宅、保育園なども揃っている。広報担当の女性が案内役になり工場内を見せてくれた。しかし、トウ茶(茶碗を伏せた形に丸く固めた固形茶)や餅茶(直径10〜15cmのパンケーキ型に固めたもの)に成型して乾燥する工程や、包装・梱包作業のところだけで、茶葉の種類、ブレンドの仕方、蒸し方など肝心な製造工程は企業秘密だと言って見せて貰えなかった。トウ茶も餅(ペイ)茶もプーアル茶の代表的な成型スタイルだが、いずれも10年物、20年物というように長い年月寝かせて置いた物ほど高値で売られている。孟海茶庁の職員の態度にも(自分たちは高級品を作っているのだ)というプライドを感じた。

 景洪へ戻る途中でヤオ族の小さな部落に立ち寄った。昔は草葺だったが今はスレート葺の屋根で床は高床式だ。高床のテラスに立って見ると裏山から降りてくる涼風が心地良い。家の中は到って質素。ベッドも椅子もすべて手造りで小型だ。目ぼしい物は30年前の結婚した時に贈られた柱時計だけだと言ってその家の老婆が笑った。ヤオ族は独特の細かい刺繍が得意のようで、その老婆の作った小さな敷物も幾何学模様が美しかった。部落入り口の道路端にテーブルを出して若夫婦が小ぶりのパイナップルを売っていたので一つ買ってみた。その味の新鮮で素晴らしかったこと。やはり果物は畑で熟したものに限る。

 午後3時ごろ景洪市に入り泰園酒店、THAI GARDEN HOTELにチェックインした。172室と規模は小さいが公園風のゆったりとした敷地に建つ四つ星ホテルで玄関ロビーも堂々としている。しかし、部屋に入ったら室内はムッとするほど暑い。中国もいわゆる省エネ式ホテルが多く、部屋のドアーを開けたら壁面のスイッチ・ボックスに鍵を差し込まないと電気が入らない。冷蔵庫とエアコンだけは別の配線になっていれば、お客様の到着前には冷蔵庫は冷え、室温も冷暖房とも快適温度に準備しておける。ところが、初期の省エネ・システムで、冷蔵庫は別配線だとしても、エアコンが部屋のライト類と同じ配線系統になっていると、お客が部屋に入ってスイッチ・ボックスに鍵を入れて初めてエアコンが動き出す。この場合、お客は暑い日は暑い部屋に、そして寒い日は寒い部屋にチェックインする羽目になる。(これを防ぐ為に客室係りがスペアーカードキーなどを使って、お客の到着前に室温を適温にして置くことも出来る)。今日は外が物凄く暑いのに、このホテルは我々の到着前に全然室温調整をしてくれてなかった。暑い日に暑い部屋にチェックインしてしまった。

 最初エアコンが壊れていて効かないのだと思いアシスタント・マネージャーに電話すると、「壊れておりません。暫く待てば冷えてきます」と他人事みたいな返事が帰ってきた。いささかアタマに来たのでマネージャーを部屋に呼んで説教。「お客の到着前に部屋が冷えてないのは、お宅のシステムとサービスが悪いからだ」と言うと、相手は反抗的になり険悪な雰囲気になった。そこで、こちらもセリフの調子を変えて、「このホテルは素晴らしい。ロビーも庭も客室も気に入った。流石に四つ星ホテルだけのことはある。だけど、一つだけ残念なのは、お客様が着いたとき温度の調節が出来てなかったこと。これだけ立派なホテルなのだから、その点もう少しアテンションしないと惜しいと思う」と静かに言うと、マネージャーの態度がガラリと変わった。「ご迷惑をお掛けしました。これからシステムもサービスももっともっと研究致します」と素直に言って彼は出て行った。彼が出て行く頃には部屋も大分冷えてきた。この事があってから彼はすっかり愛想が良くなり、ロビーなどでも何かと気を使ってくれた。彼が珍しく英語の話せる男だったので意志の疎通も出来た訳で、やはり言葉は大事だと痛感した。

 夕方から郊外のタイ族の部落を訪ね、高床式の家で機織りをしている所を見学。米や籾がゴザに広げて干してあったり、一昔前の日本のどこかで見た風景だ。次は西双版納熱帯花卉園つまり熱帯植物園を見学。良く手入れが行き届いているが特に珍しい植物はない。ただカカオの実がおちんちんみたいな格好でぶら下がっているのを初めて見たのと、キャノンボールというまんまるの大きな実がなる植物が印象に残った。夕食は雲南省政府直営のシーサンパンナホテルで取る。向こうにメコン河が望めるテラスの軒先にはツバメの巣が十数個もあって、親鳥が出入する度に雛たちの合唱がにぎやかだ。E氏のリクエストに応えて、紫米のおこわが特別に出されたが、これは古代米の赤米の一種で景洪の名物らしい。噛んでいると実に深い味があり気に入った。昨日から脱水症で入院していたH氏も今夜は再び一緒に食卓を囲むことが出来た。

 夕食後タクシーで市の中心まで出て適当なBARを探したが、結局は各ホテルの中にしかBARは無いようだ。E氏とN先生とクマさんと私と四人で街角のGOOD CHANCE HOTELという妙な名前のホテルへ入り、ロビーの隅のコヒーショップ風の店に落ち着く。周りのテーブルでは若い人たちがトランプカードに夢中になっている。さっぱり飲み物など飲んではいない。これで商売になるのだろうか。我々四人がいろいろ言ってもウエイトレスが何も知らない。やはりここは中国の田舎なのだとクマさんが言う。仕方が無いので雲南ワインを注文すると初めて彼女がニコッとした。ワイン2本飲んで160元(2400円)であった。油っこい中華料理の後なので雲南ワインでは全然酔わない。

 ホテルに帰ってロビーを見下ろせる2階のBARで寝酒。ジャックダニエルのロックが一杯22元(330円)は安いと言うべきか高いと言うべきか。一階にあるナイトクラブという名のカラオケバーから大声が漏れてくる。下手くその歌でこちらのムードは台無しだ。もう部屋に帰って休むことにしよう。

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