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| 「グアムと日本の音楽交流」 鈴木金司 |
| 4月/01 |
| 私は約8年前還暦を過ぎた頃から、それまでのビジネス一筋の来し方を振り返って見て、社会のため、特に若い人達のために何か役立つことをしたい、同時に私自身も余暇を楽しみたい、との気持ちを強く持つようになりました。 縁あって92年4月に職を得てグアムに来ましたが、赴任前に大学時代の友人達と一杯飲んでいる時一つのヒントを得ました。横浜国大および関西学院大学のグリーククラブのOBが男性カルテット、ゆーかりを結成し、各地で演奏活動をしていますが、そこでテナーを歌っている友人の一人、横井洸二君から数年前に始めた日本と豪州との音楽交流が両国の若い高校生、大学生を中心に実を結びつつあるとの話を聞いたのです。 この交流は東京に本部がある非営利団体である環太平洋協会(SOAP/Society of Asian pacific)が主催しており、その事務局長をしている横井君の弟、睦郎氏と知り合うことになりました。睦郎氏は現役の会社員で、情熱的にボランティア活動を続けられています。 このような経緯があって、グアムに来てから、何とか日本とグアムの文化、音楽交流ができないか考えるようになりました。こちらの生活、仕事に慣れるにつれ交友の輪が広がり、色々な人と知り合うようになり、グアムに来た翌年にはグアム シンフォニー ソサイアティの理事に推薦され就任しました。これは地域にクラッシック音楽を広めようと30年前に設立された非営利団体で、昨年まで3年間トレジャラーを努め、現在も理事を務めています。私の勤務先であったユニオン バンク カリフォルニアの基金から毎年5千ドルの寄付を行い、演奏活動を支援してきました。 グアム日本人会会長やグアム日本人学校理事長など歴任している中に、グアム大学音楽部のランダル ジョンソン教授はじめ学生と親しくなりました。グアム大学は52年創立のミクロネシア唯一の総合大学で、学生数は約4千人、近隣諸島、国からの留学生も多く、日本からは約300人が在籍しています。同大学音楽部は92年、新進気鋭のジョンソン教授がシアトルから赴任して充実度を増し、特に、コーラスグループ ネイティブ タングスが成長著しく名が知られるようになりました。このグループはオーディションで選りすぐった学生16名で構成されており、メンバーはグアムの先住民族チャモロ人、フィリピン人、白人などの学生です。彼らの音楽の特徴は、すべての曲目を伴奏なしのアカペラで歌うことで、実にダイナミックに手をたたき、楽器の口真似をし、身体全体でリズムをとりながらポップス、ジャズなど歌い、その様は実に聞き応え、見応えのするものです。このグループに惚れ込み、同教授と意気投合してから、日本の大学、高校および一般市民のコーラスグループとの音楽交流を何とか実現できないか考えるようになりました。 とにかく実行と言うことで、ゆーかりと横浜の女性コーラスグループがグアムに来て、ネイティブ タングスと共演する計画を練りました。私がグアム側のコーディネーターになって、スポンサーや演奏会の会場探し、資金集め、曲目の選定など横井氏やジョンソン教授と共に一年間念入りに準備しました。 94年1月に、グアム日本人会、グアム観光局、グアム シンフォニー ソサイアテイが後援者となり、グアムホテルオークラ、モービルなど4社がスポンサーになって、この音楽交流を実現することができました。同月25日にグアム大学ホールで、27日にグアムホテルオークラの宴会場で、チャモロ、フィリピンの歌、日本の童謡、昭和の歌などヒットソング、ミュージカルを共演し、成功裡に終わりました。これはグアムと日本の有効、親善、及びグアム大学音楽専攻学生の音楽教育に役立ったのではないかと自負しています。 これに気を良くして、早速ネイティブ タングスのジャパンツアーを企画しました。日本側は環太平洋協会が、グアムは私が窓口となり、約二年をかけて入念に準備をした結果、嬉しいことに96年9月に実現することができました。同月13日ジョンソン教授を含め14名がグアムから名古屋に飛び、バスで静岡県天竜市に到着し、全員ホームステイ。翌日天竜市市民会館で同地のコーラスグループと共に訪日第1回の日本、グアムフレンドシップコンサートを開催しました。グアム大学一行は天竜国際交流協会、教育委員会はじめ市民から大歓迎を受け、コンサートは大成功でした。15日、始めて乗る新幹線に驚きの声をあげながら次の開催地東京に向かいました。代々木オリンピック村に宿泊し、翌16日、多摩市パルテノン多摩大ホールで第2回のコンサートを開催しました。グアム大学、中央大学グリー、東京都立大学グリーおよびゆーかりが参加し、盛況裡に終了しました。 19日はディズニーランドを訪問しました。ステージで歌い、遊び、名残を惜しみながら江戸川区に行きホームステイ。20日のリハーサルを終えて、21日、江戸川区総合文化センターホールで訪日第3回目のコンサートに出演、日本側からは小学校PTA、女声合唱団、混声合唱団、区の少年少女合唱団が出演しました。22日に横浜に移動、東神奈川にある神奈川ホールで、ゆーかり、地元の合唱団と第4回目の共演をしました。当日は台風に見舞われ会場に来られなかった方もおられましたが、コンサートは無事に行われました。家内と私は休暇を取って天竜市から横浜公演まで全行程に参加し、通訳やバックステージの雑用など手助けをしました。このようにしてグアム大学コーラスグループの初めてのジャパンツアーは成功裡に終了し、一行は沢山の忘れがたい想い出とともにグアムに戻りました。 その後興奮覚めやらぬ天竜市の皆さんから、すぐにでもグアムを訪ねたいとの希望が寄せられたので、準備期間は短かったのですが、グアムで資金集めや会場の手配などをすませ、同年11月29日、グアムホテルオークラの宴会場でフレンドシップコンサートを開催することができました。日本側からは9月に出演した天竜市のコーラスグループ約40名が一部グアム大学教授の自宅にホームステイし、一部はオークラに宿泊、出演、グアム側からはグアム大学コーラスとグアム日本人学校の生徒が出演しました。この時は、グアムホテルオークラに加えて、当地の深田さん、高木さん、およびリーフホテルが資金協力をして下さいました。翌30日は、毎年の行事として定着しているグアム日本人会主催の秋祭りに全員参加し、地域住民との交流を行いました。 日本の若い根っこの会は、毎年5月初めに大学生や日本企業の若手社員約400名を対象に洋上大学を開催し、ふじ丸でグアム、サイパンを訪れます。98年5月、ネイティブ タングスを紹介し船上での若者同士の交流が始まりました。その後毎年続いており、交流の実を上げています。 98年には、2000年の春、夏を目指して計画を練り始めました。2000年3月にグアムにおいて音楽交流、また7月にグアム大学のジャパンツアーを欲張って計画しました。準備は大変でしたが、計画は両方とも実現しました。 三重県津市合唱団33名と環太平洋協会から3名が、コンチネンタル航空の支援を受けてグアムを訪問、3月21日から25日まで滞在し、この間ネイティブ タングスと共演しました。丁度この時、私はあいにく日本で入院していましたが、病院から電話などでできる範囲内でお手伝いをしました。参加者は大感激で再会を約して別れましたが、この再会は4ヶ月後には実現することになりました。 7月のグアム大学ジャパンツアーは7日から30日まで24日間、東京、笠岡、京都、津、静岡、天竜各地を訪ね、東京都江戸川区、笠岡市および津市で日本側コーラスグループと共演し、静岡では第8回国際青少年音楽祭に参加しました。7月24日にはNHKの番組青春のPOPSに出演、放映されました。グアム側は、グアム、日本の往復航空運賃と日本国内の交通費を負担、日本における滞在費その他の費用は日本側が全て負担することになりそれぞれ資金集めを行いました。コンチネンタル航空、日本側では各地の国際交流財団や井村屋製菓などのスポンサーの支援を受けました。私と家内は、休暇をとり、通訳その他手伝いのため津市と静岡に同行しました。 このようにしてここ数年グアム、日本の文化音楽交流は着実に進み、若い人たちの感激する姿を見ることは喜ばしい限りです。仕事を引退した現在も、身体が続く限り、ボランティアとしてこのような草の根活動を続けて行きたいと思っております。 |
(元ユニオンバンク・オブ・カリフォルニア グアム支店総支配人) |
