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「モンゴルの旅 チンギス・ハーンのふるさとを訪ねて」 小林正典
12月/00

 ガンダン寺には高さ26.5メートルの大仏を納めた大仏殿があるが、そこの庭で涼んでいると突然上半身はだかの若い男が大仏殿から飛び出してきた。100メートル11秒位のものすごい勢いでこちらへ走ってくる。さては修行のきつさに耐えかねて逃げ出してきた修行僧かと思いきや、彼は実はスリだった。大仏殿の中でツアー客の案内をしていた日本人添乗員のバッグを狙っていたところを警備員に見つかり、着ていたTシャツを捉れるとそのシャツからするりと体を抜いて、一目散に逃げ出したのだそうだ。
警備員も必死に後を追ったがスリの方が逃げ足が速く、寺院の土塀の角を巧みなコーナーワークで駆け抜けて消えてしまった。警備員はスリの残したTシャツを地面に叩きつけて悔しがっていた。

 ところで、寺のあちこちには「五体投地」の台が設置されている。五体投地とはラマ教のお祈りの形だ。長さ180センチ、幅40センチ、高さは15センチ位の丁度細長いテーブル状の台の上に、打伏せに体を投出して祈る動作を繰り返すらしい。しかし、殆んどの台が空いている。どうも投地をする信者は今は余り多くないらしい。イスラム教のカーペット投地に較べれば台が有るだけ体は楽かなとは思うが、何れにしろ相当きついストレッチ運動ではある。

 ガンダン寺の次は中国様式の有名寺院であるチョイジンラマ寺院を訪ねた。
中国名を興仁寺と言う。ラマ教の祭典用のお面や楽器類を見る。本堂の奥の方には獅子舞やナマハゲの元祖みたいな像がいくつも飾られていて何とも暑苦しい。庭を見渡せる古びた回廊の手すりに腰掛けて小休止する。回廊の軒先を吹き抜けて行く乾いた風の気持ちの良いこと。こんな風にはグアムでは絶対にお目にかかれない。湿度の低いことは何と素晴らしいことか。今夏のモンゴルは異常な暑さだとガイドのバチカ君は嘆くが、陽射しは強く気温はすでに33度を超えているようだが、木陰に入れば風はヒヤッとするくらいで暑さは全然苦にならない。出来るものならこの風をグアムに持って帰りたい。

 次の目的地、国立自然史博物館へ回る。ここは広大なモンゴルの各地で発見・発掘された巨大な恐竜の骨や卵、狼や大鷲などの剥製、植物や昆虫の標本、鉱石、原石、落下大隕石の展示と、非常に内容は濃い。あまり趣味は良くないが、わがグループは巨大な恐竜のスケルトンの前でにぎやかに記念撮影をした。係りのおばさんが恐竜より怖い顔をして此方を睨んでいた。人口240万のこの国にしては超立派な博物館であり、職員も誇りを持っているのだろう。

 この日のランチは世界最大のゲル(中国や内モンゴルではパオ)を造り、それをレストランとして改造したことで有名なアブダエサエハンレストランで食べた。ここはギネスブックにも載っているとのこと。千切りきゃべつのコールスロー風サラダの後、メインはモンゴルのポピュラー料理として広く知られる(ボウズ)が出てきた。これは羊のひき肉とスープを餃子の皮のような物で包んであり、丁度中華のショウロンポウに似ている。先ず皮を少々食いちぎって小さな穴をあけ中のスープを吸ってから、次にひき肉饅頭を手に持って食べるのが正しい食べ方だそうだ。たいした量には見えなかったので一人前5ケを平らげたが、意外にずしりと効いてきて、食後しばらく胃の中で羊がメーメー鳴いて困ってしまった。

 ランチの後はザハと呼ばれる市民市場に立ち寄ってみた。食品市場とその他一般品と2ケ所に分かれているが、一般品の方は偽物オンパレードでかなり危ない雰囲気、骨董品からブラジャーから子犬まで何でもござれだ。食品市場の方に入ってみると、なかなか商品は豊富なのに驚いた。しかし、良く見ると野菜や果物など生鮮食品は鮮度も悪いし種類も量も限られているようだ。勿論新鮮な魚など一匹も売ってない。目立つのはビン詰や缶詰などの輸入品の山。小麦だけは自給自足していると聞いたが、矢張りモンゴルは農産物の自給度は相当低い国であることが判る。市民の食生活は今でも羊の肉と乳製品が中心なのだろう。
ヤギのチーズと中国産のぶどう、それにキャビアもどきを買った。売子は本物のキャビアだと言ったが、一瓶700円で本物が有るわけが無い。鮫のハラコには違い無いだろうが、ちょう鮫の物ではなくきっとJOE鮫の物に違いない。ホテルに帰って仲間と一杯やりながら味見してみた。値段の割に味はまあまあだが、あのキャビア独特のぷちぷち感が無く少しねとっとしていた。ヤギのチーズは上等。それから友人が買ってきた羊肉のソフトサラミもなかなかの物だった。

 さて、その日の夜は駐モンゴル大使の公邸にお邪魔して、日本食に日本酒そしてモンゴルウォッカのアルヒで乾杯を繰り返し、すっかりできあがってしまった。私事になるが私の母校の東京外語大は大阪外語大と共に、全国でも珍しくモンゴル語学部があり、その卒業生たちがここウランバートルでも商社や大使館などで相当数働いている。現在のH大使も同窓で、今回は大使を中心にして東京大阪合同の同窓会支部(外語会ウランバートル支部)が結成される事になり、我々が日本から来るのに合わせて大使が結成記念のパーティーを開催してくれた。
公私混同してH大使に迷惑が掛らないように、パーティーは全て会費制で行われたが、大使の希望もあって我々の会費の一部をモンゴルの「ストリートチルドレン救済基金」に寄付させてもらい、大使も非常に喜ばれた。

 夜10時、大使公邸をオイトマする頃やっと外が暗くなってきた。暗くならないと、いつまでも宵の口のような気がしてつい飲み過ぎてしまう。そして、逆に暗くなったと思うとすぐに夜中がやってくる。大阪外語大のモンゴル語の卒業生の司馬遼太郎も何かの本に書いていたが、モンゴルでは夜遊びしてるとすぐに朝がやって来そうだ。ところで、今夜の会合でH大使や現地の同窓から聞いた話題を少しご紹介したい:

停電が多くて困っていたウランバートルも、日本の政府援助ODAプロジェクトにより、1998年に4ケ所の火力発電所が完成し停電は無くなった。
この事はモンゴルの人達もかなり感謝してくれている。

モンゴルの人口は約240万だが、最近都市への人口集中が進み、都市人口が3分の2の150万人になった。それでもなお、80万人以上が遊牧生活を続けている。自然を傷つけず、必要以上に物を持たないのが彼等の基本信条で、欧米の狩猟略奪文化や農耕民族文化とは基本的に異なる。

大学卒のサラリーマンの平均月収はUS80ドル程度だが、それでもかなり豊かな生活が出来るのがモンゴルの良さだ。

社会主義時代には遊牧民の子供たちは寄宿学校に入れて教育し、識字率は世界第2位にまで上がった。しかし、民主主義の時代になってからは、学校に行かない子供も増えて、識字率は下降して来ている。

今冬300万頭近い家畜が凍死して世界的ニュースになったが、みな充分に食べ平然と暮らしている。300万頭の死は自然の摂理で丁度よかったと言う人もいる。


 その夜おそく、酔った勢いでダウンタウンの一寸したナイトクラブへ探検にでかけた。カバーチャージUS3ドル、ジントニックUS2ドル。安い。ただし、ICEが冷蔵庫でまだ出来上がっていないので待って呉れと告げたきり、ちっとも持って来ない。仕方が無いので生ぬるいドリンクで乾杯。1時間後に半分凍りかけのアイスキューブをほんの少しボーイが申し訳無さそうな顔して運んできた。モンゴルでは氷は冬になるまでは貴重品らしい。

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